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乗興舟

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作品名 乗興舟
(じょうきょうしゅう )
作者名 伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)
時代 明和4年(1767)
地域 国 日本
分野 美術
員数 1巻

解 説

 国宝に指定される御物「動植綵絵」(宮内庁三の尚蔵館蔵)を完成させたと覚しい若冲は、明和4年(1767)、親交の深い禅僧大典顕常と共に淀川を下り大坂に赴いた。「乗興舟」はその際に若冲がスケッチをし、大典が所々の風景を作文したものをまとめて画巻として制作された。淀川下りは朝、京都の伏見を発し夕方大坂八軒家へ到着する便と、夜に発し朝到着する便があった。八軒家からも朝夕二便の舟が伏見に向かっていた。大典の文章から朝に伏見を発ち、大坂に夕刻に着いたことがわかる。

 本作の名称は巻末に「一時乗興耳(いちじのきょうにのるのみ)」と大典が記すところから名付けられたと思われる。この「一時乗興耳」という文は、王羲之の第五子王子猷(おうしゆう)が雪の夜に突然友人の戴安道(たいあんどう)に会いたくなり、訪問したところ会えず、そのまま帰ったという「子猷訪戴(しゆうほうさい)」という逸話に同じ文があり、そこから引用したと思われる。

現在国外所蔵本を含めると13本の所在が確認されている。拓版画とも呼称される拓本をとる技法を用いた版画作品は若冲以外に制作していた形跡は見られない。当館が所蔵している「乗興舟」は、ニューヨーク公立図書館が所蔵するものと同じ塗りが見られる箇所(鳥飼の山並み)があり、国内所蔵本にはない表現となっている点が特筆される。

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